愛する男

鬱蒼とした森の中、1人のタルタルと1人のエルヴァーンが走っていた。
森の中には、まだ夏だというのに涼しげな空気が流れていた。
まばらにしか聞こえなくなったセミの声が、もう間もなくやってくるであろう秋を予感させていた。





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この日より2日前・・・
城下町の競売所の一階の片隅で、タルタルとエルヴァーンは掲示板の貼り紙たちを見ていた。

タルタルの名はひえい。黒魔道士レベル25、♂。
強欲で好色な本作の主人公。
金の匂いのする話には必ず食いつくが、よほど金運がないのか儲かった話は聴かない。
貧乏。

エルヴァーンの名はタマ子。同じく黒魔道士レベル25、♀。
戦闘が苦手。パーティーが苦手。金策が苦手。
まるで冒険者に向かない心優しい女の子。
愛称は「たまちゃん」
貧乏。

二人は真剣な眼差しで貼り紙を見ていた。
この掲示板は、冒険者に何か仕事を依頼したい者が仕事の内容と報酬、その他諸々の条件と連絡先を貼り出している。
仕事と金の欲しい冒険者達がこの掲示板を見て、もし気に入ったものがあれば連絡をする、というシステムになっている。

二人とも手持ちのギルは底をついていた。
もともと熱心に仕事をするタイプの人間ではなかったし、なによりもここ数日の彼らは怠けすぎていた。
このままでは1週間もたたないうちに手持ちのギルはゼロになってしまうだろう・・・
一念発起した二人は、ここで仕事を探していた。

ひえいが一枚の貼り紙を指差して、タマ子に声をかけた。
「あ、たまちゃん! これええやん。ジュノに行く商人の護衛。」
呼ばれたタマ子が貼り紙に目をやる。

貼り紙にはこうあった。

護衛求む。
出発地:サンドリア
目的地:ジュノ
出発日:×月○日
当方は馬車3台。
報酬は一人5000ギル
三食支給
レベル40以上。ジョブ不問
連絡先:ブルゲール商会 担当×××まで

「ひえい・・・よく見なよ・・これ40以上だよ・・・」
「あ・・・そだね・・・僕らみたいな雑魚じゃ無理か・・・」
二人はまたそれぞれに貼り紙を物色しだした・・・

実際、二人が受けられる仕事はほとんど無かった。
「冒険者」という響きに、依頼者は高い戦闘能力を期待する。
だが・・・彼らはそういったものは持ち合わせていなかった・・・


そのまま1時間が経過した頃・・・

「やっぱり・・・これと、これしかないのか・・・」
ひどく落胆した様子で、ひえいが言った。
彼らが受けられる仕事は二つしかなかった。
「これ、いいじゃない。これにしましょうよ。」
そのうちの一つをひどく気に入ったタマ子が目を輝かせた。

これとは・・・
少し遅めの新婚旅行に行きます。
そこでお留守番をしてくれる人を探しています。
赤ちゃんが一人とワンちゃんが一匹います。
どちらもとても可愛くてすごく良い子です。
期間は一週間。日程は応相談。人数は二人以上。報酬は人数にかかわらず1000ギル。
その他、お食事は畑の作物をご自由に採って召し上がってください。台所お風呂などもご自由に使っていただいてかまいません。

ひえいは貼り紙を読み、しばらく黙ってしまった。
「・・・・・・・・^^;」
反対にタマ子はやる気満々だ。
「ね、とってもいいでしょ^^」
「・・・・・・・・^^;;;;;;;;;;;;;;;」
「気に・・・いらない・・・?」

「あのね、たまちゃん、、、僕らって、、その、、なんだっけ?」
肩を落としながらひえいが尋ねた。
きょとんとした顔でタマ子が答えた。
「冒険者、、、だねぇ、、、」
「で、これは何?・・・この仕事は何?・・・」
ひえいは今にもその場に座り込んでしまいそうだ。
「う〜ん、、、ベビーシッター、、かなぁ、、、」
タマ子は冷静に答えた。
「あかん(ノ`Д´)ノぜっっったいにあかん!!僕ら冒険者やん!!少しでも冒険者らしくこっちにする!!」
突然声を荒げたひえいに通行人たちの視線が集まる。
夕暮れ時のメインストリートは仕事帰りの人や買い物客でごったがえしていた。
なんでもありません、なんでもありませんから、とタマ子が何度も頭を下げ通行人たちはまたそれぞれの道を急ぎだした。
やっとの思いで野次馬たちを追い払ったタマ子が視線を戻すと、興奮したひえいが掲示板から貼り紙をひっぺがしていた。
鼻息も荒く貼り紙をタマ子につきつけて
「絶対これ!!」
そう言ったひえいを見て、タマ子は心の中でつぶやいた。
説得は無理、、かな、、、、



二人が受けた仕事の依頼者はサンドリアの木工ギルドだった。
二人が訪問すると、体格の良い男が仕事の説明をしてくれた。
なんでも、サンドリアから二日ほど歩いた所にあるジャグナー森林で、夜になると不気味な叫び声のようなものが聞こえるという。
恐れをなした木こり達が材木を取りに行かなくなってしまったので、原因を調査して欲しいという。
オークの本拠地であるダボイが近いこともあり、もし事態が二人の手に余るようであれば、解決はせず情報だけを持ち帰ってくれれば報酬は払うということだった。
ただし、風評被害を恐れた木工ギルドから条件がついた。
調査は極秘裏に行なって欲しい。とのことだった。

戦闘なしで仕事が終る可能性があると知って、タマ子の顔が少し明るくなった。
このエルヴァーンの女の子はよほど戦闘が嫌いらしい・・・
冒険者には向かないタイプだった・・・




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木工ギルドで指示された場所へは何の苦労も無く着いた。
一度もモンスターに遭遇することなく、二人は問題の場所へ辿り着いていた。
そこには神秘的に青く光る小さな池があった。
綺麗ではあったが、得体の知れない恐怖を感じさせる、、、そんな青だった。
驚いたことに、そこには先客がいた。

「こんにちは」
陽気な感じのする男は、釣り糸を垂らしたまま二人に声をかけた。
「こんにちわ〜(⌒▽⌒)ノ」
ひえいが意味も無く愛想を振りまく。
タマ子が静かにお辞儀をする。
「君達も釣りかい?」
そう尋ねた男は一応冒険者のようだった。
あまり強くはなさそうな男が、あまり強くはなさそうな鎧を着て、あまり強くはなさそうな剣を腰に差していた。
ひえい達と同じくらいのレベルの前衛系ジョブの冒険者に見えた。
年齢は20台の半ばといった感じ。
「いいえ、僕たちはただの観光です^^」
このタルタルは何のためらいもなく状況に応じた嘘をつく。
エルヴァーンもそれを否定しない。

二人はいつでも武器を抜けるように警戒しつつ、池の周りを歩き始めた。
久しぶりに二人は「冒険者」をしていた。
「クリスタルバスって、知ってるかい?」
男が口を開いた。
「知っています。競売所で高く取引されてる魚ですよね。」
ひえいが探索を続けながら答えた。
「その通り、良く知ってるね。どこで釣れるか知ってるかい?」
「いいえ。あっ、、、まさか、、、ここですか?!?!?」
このタルタルは金になりそうな話になると食いつきがいい。
「そう、ここがヴァナディールで唯一クリスタルバスが釣れる場所なんだ」
男はさらに続けた。
「僕はもう1ヶ月もここで釣りばかりしている。」
「これまでにもうずいぶん釣り上げたよ。」
「そして全て競売で金に変えた。」
ひえいの目が輝いた。
「失礼ですが、あなたのその剣は武器屋で300ギルで売っているものですよね?」
静かに話を聞いていたタマ子が横槍を入れた。
ひえいの目が疑いの色に染まった。
「君は突然痛いところをつくんだねぇ」
笑いながら男が答え、そして少し真面目な顔になって語り始めた。
「そう、僕は稼いだ金をほとんどと言っていいほど使っていない。」
「所持金はすでに300万ギルを越えた。しかし、まだ足りない」
必要以上に大きな声で、まるで演説でもしているかのように男は語り続けた。
「アストラルリング!!僕はそれを買う!!買ってみせる!!」
男の演説は最高潮に達していた。

アストラルリング、男が口にしたそれは、間違いなく最高級の部類に入る指輪で、天文学的な値段で取引されている物だった。

「あなたは、見たところ、あまり魔法を使いそうではありませんが、何のためにそれを買うのですか?」
そう尋ねたタマ子とひえいは、ちょうど池の周りを一周したところだった。
何も見つけられなかった二人はその場に腰を下ろして夜を待つ。

「贈りたい人がいたんだ。」
先程までとはうって変わって静かな口調で男が答えた。
「とても美しい人だった。僕の恋人だった。」
男は水面を見つめたまま言った。
「どうして過去形なので「流行り病だった。」
タマ子の言葉をさえぎって男が続けた。

「2ヶ月ほど前だった・・・」

「手の施し様がなかったよ。」

「ある日突然高熱がでて、、、医者が到着した頃にはすでに意識がなかった。」

寂しそうに微笑んだ男の目は、水面を見つめたまま動かなかった。
鳥の声だけが、妙にうるさく辺りに響いていた。



「それでもあなたは指輪を買うのですか?」
「買う。」
男はタマ子の問いに、短く、しかしはっきりと答えた。



「何のためにそれを買うのですか?」
「それが僕の愛の証しだからさ。」
「買った指輪はどうするのですか?」
「決めてない。」
短い会話が少し続いて、すぐに終った。



すでに陽が傾き始めていた。
夏の夕日が辺りをオレンジ一色に染め上げていく。
言葉が途切れると鳥の声がうるさく感じる。
会話の内容にまったく興味がなくなったひえいが鳥を眺めていた。



「自己満足だと思っているだろう?」
そう切り出した男に、タマ子は答えなかった。
結局、男は自分の質問に自分で答えた。
「自己満足だよ。僕が指輪を買って、、、それで天国の彼女が喜ぶのだろうか?」

「多分、喜ばない。。。これはただの自己満足。。。だろうな。。。」
タマ子は黙ったまま男の独白を聞いていた。
ひえいは鳥を眺めていた。
男は一通りを語り終えると、また黙って釣りに集中した。



しばらくの沈黙の後、タマ子が口を開いた。
「あなたがそれをして、あなたの恋人が喜ぶか私には分かりませんし、そうすることが良いことなのか悪いことなのかも私には分かりません。」
静かにタマ子が続けた。今度は男が黙って聞いていた。


「でも、人にはそれぞれの愛しかたがあっていいものだと思うし・・・」


「多分・・・あなたはあなたのやりたいようにやればそれで良いのだと思いますよ。」


そう言って優しく微笑んだタマ子に
「ありがとう。」
一言だけ男が答えた。
辺りは暗くなり始めていた。
ひえいは鳥を眺めていた。




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「君達はまだ帰らないのかい?」
男が尋ねた。
「はい、今夜はここで野営しようと思っています。」
タマ子が答えた。
すると男は少し困った顔をして
「あまりお勧めしないよ。ここいらは夜になるとボギーが出るから危ないんだ。」
「そうですか・・・でも、せっかく綺麗な池を見つけたことですし、やはり今夜はここで野営しようと思います。」
タマ子とひえいにはここを離れられない理由があったが、それを語ることは木工ギルドから禁止されていた。
「あなたは、帰らないのですか?」
タマ子が逆に尋ねた。
「僕はまだ釣りを続けたい気分なんだ。」
相変わらず男は釣りを続けていた。
「それにね、3人もいれば勝てるかも知れないしね」
「僕が正面から突っ込むから、君たち二人は後ろから援護して欲しい。黒魔道士さんだろ?」
そう言って微笑んだ男に、タマ子も微笑みながら答えた。
「そうならないことを祈っています。」
ジャグナーに夜が来た。




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暗闇に、暗闇よりもっと暗い影が音も無く浮かびあがった。
それは、一切の音を立てずに男に近づいていく。
「来やがったぞ!!」
男が鋭い声で二人に呼びかける。
「接近戦は僕が引き受ける!!君達は後方援護を!!」
素早く指示を出した男が見たものは


遥か遠方を全力で駆けていく二つの人影だった・・・




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「あの人、、、ダイジョブかなぁ?」
全力疾走を続けながらひえいが問いかけた。
「うん、あの人なら大丈夫だよ。」
タマ子が微笑みながら答えた。


「ぎぃぃぃぃいやぁぁぁぁあああああああああ!!!」
遥か後方から不気味な叫び声が聞こえた。


しばらく離れた場所で、今夜も木こりが恐怖に震えた。


「あの人、、、ダイジョブかなぁ?」
全力疾走を続けながらひえいが問いかけた。
「うん、あの人なら大丈夫だよ。この程度のことでくじける人じゃないでしょう。」
タマ子が微笑みながら答えた。


鬱蒼とした森の中、1人のタルタルと1人のエルヴァーンが走っていた。
森の中には、まだ夏だというのに涼しげな空気が流れていた。
まばらにしか聞こえなくなったセミの声が、もう間もなくやってくるであろう秋を予感させていた。


愛する男 end





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